自分の中にある2種類の愛情

特に男性の皆さん。恋と愛は違うって思ったこと無いですか?

 

若かりし頃に同年代の女子の恋愛トークではよく語られるテーマだったんですけど、男子とこういう話になったことがないんですよ。恋と愛というラベルを貼ってしまうと、それはそれでちょっと違うのですが、結婚するとか愛する人と長く一緒にいるための気持ちの持ち方を考えると、2つくらいの愛情を区別して使い分ける心の技術って、男にとってこそ大事だと思うんですよ。でも男子は、こんなことを考える機会に恵まれないことが多いので、おせっかいは承知だし響かない人には全く響かないテーマなんだけど書いておきたいと思います。

 

誰に教えてもらったのかは忘れてしまったのですが、男の愛情には2つの種類があると思った方が良いそうです。1つは異性に対して恋に落ちる時のあの強烈な好きっていう気持ち、もう1つはその異性をかわいいなぁ、守ってあげたいなぁと庇護したい気持ちを伴う好きっていう気持ち。この2つの感情が沸き出してくる場所って違いませんか?

 

感情が沸き出してくる場所の違いに注意しながら、続きを読んでほしいのですが前者の感情って激しい感情ですがコントロールしにくく、また燃え尽きることある感情ではありませんか?狩猟本能に近いところが刺激される感情。一方で後者の気持ちは、思えば思うほど深まるのを感じないですか?そして燃やすというより温める感じ、自分からも温めるんだけど、その温かい気持ちから自分も元気をもらう、そんな感情です。

 

恋愛の初期には、いろいろと面倒なことを乗り越える必要があるので前者のような強い衝動が必要ですよね。でもその後に関係を長続きさせようと思ったら、後者の感情が沸いてこないと続かないですよね。そういう自分の両方の愛情を注げる相手かどうか?その相手に対して自分が両方の愛情を持てる男か?を結婚前にはよく考えた方が良いと教えてもらいました。

 

私がこんな話を思い出して、今回ブログに書きたくなったのは、仕事とか趣味とか勉強に対しても、同じだなって思ったからです。この2つをコントロールできないと長続きしない。そして男はこの2つを切り替えるのが下手だというのを実感したからです。多分、前述の前者の愛情は狩猟本能に近くて、そういう愛情で仕事も趣味も勉強もできると信じちゃうんですね、男は。具体的には英語の勉強で、日本人で日本で勉強して一定のエクセレントな英語を使う人の比率は圧倒的に女性が多いと感じたことが、こう考えたきっかけです。しばらくお休みしていたのですが、もう一度、自然に英語が好きと言えるのを目指してみようと思いました。

戦争について考える

2013年からしばらくの間、仕事で置かれた環境が過酷で、嫌でも毎日のように戦争のことを思い起こさせられました。その時に思いを巡らすのは現代の戦争ではなく、日本が戦った先の大戦で、兵士達はどんなことを思いながら戦ったのだろうか?本当に現実から目をそらして勝てない戦争に突入して、負けた場合の最後の責任を誰も取るつもりもなく、あんな大それた行為に突っ込んでいけたのだろうか?それとも戦後教育の中で採用された軍部の暴走という表現は事実で、戦争装置である軍隊があれば、国は必ず戦争へと突き進むのが宿命なのだろうか?だから憲法九条があれば、国は戦争へと向かわないのだろうか?当時の軍人、職業軍人達、特に参謀を任されるような知性を持ち合わせた人たちは本当に、そこまで愚かだったのだろうか?気骨が無かったのだろうか?

 

そんなコトを毎日考えていました。それは自分がブラックな職場環境に閉じ込められて、連日の徹夜生活を余儀なくされており、それが生産的だとはとても思えず、かといって頭が良いはずなのにその状態に自分自身をも追い込む上層部の人たちの行動に、ひたすら私の脳が「なぜ?」を繰り返していた結果でした。無益な戦いを、なぜ頭が良いのに選んでしまうんだろう?という素朴な疑問がどうしても拭えませんでした。会社であれば命まで取られない(こともないんですが)という前提で考えてしまい、突き進むんだろうか?と考えていて、命のやり取りになる戦争を、昔の日本人がどのように決断したのかを考えるようになったのです。

 

何冊かの本を読み進めると、良心的で論理的だと思われる軍人ですら、例えば永田鉄山は惨殺され、石原莞爾満州から予備役へと排除され、山本五十六は勝てる勝てないの議論はをぼかし、開戦して1年や2年は暴れてやりましょうって、その後をどうするのかについては皆で考えないことにして戦争に突入していきました。この経緯を知るほど、ああ、日本人に生まれてよかったとは気楽に言えないのだなという事実が私に重くのしかかってきました。

 

最近でた西村京太郎氏の戦争体験本に、日本人は戦争に向いていないという総括がありますが、正にその通りだと思います。大きな戦略を描けず、目的を持って外交すらできない集団は、その外交の手段である戦争を積極的に活用してはいけないと思いました。厳しい自然と向き合いながらも、昨日の延長の今日を強かに生き抜く力は農耕民族である日本人には備わっていると思いますが、互いに狩り合いながら、略奪し合いながら生き抜く狡猾さは日本人にはなじまないと思います。それが、戦後民主主義で父や祖父の世代が至った結論だったと私は理解しています。その上で、難局をどう生き抜くかが問われている難しい時代だと思います。

 

 

 

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最後に、ブラックの話で締めてもいいね。

あのころ、外国の町並みやお店がおしゃれに見えた理由

僕の子供時代は80年代。あのころ、テレビや写真で見る外国の町並み、外国のお店、外国のクルマは何を見てもおしゃれでした。特に今日書いておきたいのは、いろいろなおしゃれさの中でも特にお店のおしゃれさがどこから来ているのか?という話です。

 

実は私の生家は、三つ程の商売を掛け持ちして経営してまして、子供ながらに自分のところの店がおしゃれじゃないなぁと思っていました。経営者である親や祖父母に、もうちょっとおしゃれにできないの?っていう進言をしたのは一度や二度ではありませんでした。何回かに一回は例えばカーテンがリニューアルされたり、棚が追加になったり、品揃えがカラフルになったりという程度ではありますが、私の提案が採用されるのですが、やっぱりおしゃれな感じが出ません。

 

思えば、当時、私の生まれ育った田舎町にあったお店で、おしゃれと呼べたのは、都会帰りのお姉さん(おそらく土建屋さんの愛人)の経営するブティックとか、都会に本店を持つお店の夏場の避暑地営業的な支店とか、やはり都会帰りの人が営むログハウス風の喫茶店くらいでした。その後、社会人になってから「田舎で流行る(長続きする)飲食店を作るには、すべからくログハウス風にすべきだ」という説を聞いたのですが、その説を裏付ける宇宙の法則っぽいモノが、たった今、私の頭の中でつながったのですが、とりあえず当初の論を進めます。

 

それらの一見おしゃれに見える店舗にも実は違和感を感じていまして、なんか観光地にある似たお店を、自分なりに真似した劣化コピーに見えて、むしろちょっとダサく見えたものでした。その観光地のお店は、やはりそれなりに本気で作り込まれていておしゃれでした。でも、それらも海外のお店の店構えの前では、やはり安っぽい。

 

この差をマーケッターになってから、ようやく研究しだしたのですが、やはり、素敵なデザインの裏にはフィロソフィーがあり、そのフィロソフィーが妥協無く形に落とし込まれると魂が建物やお店の陳列棚の細部に宿るのです。東京に出て来て20年が経って最近ようやく、都内で長らく営業している老舗をみて、これだとひらめくものがありました。それは料理でも、お菓子でも、包丁でも、紙でも、傘でも、商材は何でもいいのですが店を守っている人が何か大事にしているフィロソフィーが店にこもっているのであれば、その店は何かの真似ではない、普遍的なおしゃれさを発しているということを感じられたのです。そして、そのフィロソフィーは人から人に受け継がれ、受け継いだ側の人も、その精神を磨き続けることを要求される。そういう守るべきコンセプトがあって初めておしゃれさというものが醸し出されるのだということを、ひょっとしたら知っていたのかもしれないけど、ようやく言葉として表現する対象として認識することができるようになりました。

 

外国のお店がおしゃれに見えるのは、外国、特に欧米の人たちがフィロソフィーを大切に生きているからです。だから彼らが営むお店は、必然的におしゃれになるのだと思います。

 

フィロソフィーって何回も言いすぎましたね。そして、この文書、私が子供のころから目にし続けて来たモノ作りを語る本たちでは、よく見る表現になりすぎました。心を先人から受け継ぐのが大事だっていう話に過ぎないです。年寄りが好きなあれです。でも本当に言いたいことは、その差がちゃんと体得、いろいろな経験を通して、自分の中で腑に落ちたこの感覚の話です。でも、今日は眠いのでこの辺にしておきます。ログハウスが流行る理論とあわせて、また次回以降。

 

 

 

 

 

 

 

会社でなく、俺を買ってくれ症候群

今は、お前の会社の製品が買いたいから、お前を呼んでいるが、

お前から買いたいから、お前の会社の製品を使ってやる

になったら営業として一人前だ。

 

駆け出しの営業の頃に、あるお客からこのように言われた言葉です。その人とは、その後も、いろいろとあって長い付き合いになったんですが、社会人人生の初期に、こう言われたことはとても私の仕事観にプラスになったと思います。仕事に対する考え方を決定づけたと言っても良いかもしれません。人呼んで「会社でなく、俺を買ってくれ症候群」って病気か?って話ですが、私はある意味、持病になっています。

 

営業時代の肌感覚では、お客さんは「①自社の製品/サービスが気に入って買うお客」、「②自社の製品/サービスがたまたま手に入りやすい環境があるから買うお客」、「③私だから買ってくれるお客」の3種類がいて、数で言うとだいたい1/3ずついると思います。だいたいです。

 

①のお客さんをつなぎ止めるために営業担当がする活動は、その人の製品/サービスに対する評価を聞き、本人が口で語る以上のお気に入りポイントが何かを観察し、それを自社のバックオフィスに伝えて反映させ、実際に製品/サービスに反映されているか、お客さんに届いているかを確認するところまでです。これはこれでしんどい仕事ですね。そして人の責任にして手を抜くことが可能な仕事でもあります。バックオフィスや外注が協力してくれないのが悪いと言えば、自分は救われた気になります。それを許してくれる上司に恵まれた人は、営業として幸運とも言えるし、不幸とも言える気がしますね。

 

②のお客さんに対しては、その買いやすく、選びやすくしている環境要因は何なのかをつきとめて、強化する手を打ちます。その過程で営業担当のことを評価してくれて③に移行してくれるお客さんも多くいます。時には、いち営業マンにはコントロールできない大きな環境要因で選ばれていることもあり、その時は、精一杯できることを探して保険をかけておくんですが、営業マンとしては深追いはしなくて良いと思っていました。そういうお客さんは環境が変わればまた帰ってくるかもしれないし、会社としても実力でつなぎ止めているお客さんではないので、無理が生じるので、もし、それでも本当に大事なお客さんなら組織としてコストを掛けて手を打つべきという提案まではしていましたね。

 

③のお客さんは営業マンとして尽くしがいがあるお客さんです。だいたい面倒な人であることが多く、冒頭の言葉をくれたのも③の人です。本当に困った時に助けてくれたり、言いにくい本当のことを教えてくれるのも③のお客さんなので大事にして間違いはありません。

 

営業マンとしてはどうしても、この③のお客さんに偏ってしまうところがあります。私の経験では、売れる営業ほど、③にこだわってしまう。自分が掛けたコストを無意識に正当化しようとするんですね。そのためにいかに面倒くさくても、①や②にも日頃から労力をかけておくのが大事だと思いますね。社内を相手にするので面倒で、直接は数字につながらない仕事ですし、時には仲間の仕事を批判したととられかねない指摘もすることになって、とにかくストレスが掛かります。こういう活動を評価できる上司も少ないですし。自分で営業したことがある社長にしか評価できないかもしれません。今の日本の評価制度では。

 

そして、いまは営業から離れて企画の仕事をしているんですが、未だに③のお客さんを探してしまう自分に、ちょっと辟易としてこのブログを書いてみたのです。仕事に対する情熱を自分に与えてくれるのは③のお客さんであることが多いし直接的な達成感も③のお客さんが与えてくれるので。ああ、単に情熱を持って仕事がしたいという欲求なのかもしれませんね。もしくは①と②の仕事を企画としてやっているんだから評価してくれという欲求か。

 

 

ふなとたなごと

家で近所の沼で釣って来た魚やエビを飼っていました。

ふなとたなごとクチボソと。

あとヌマエビ。

 

まず、ヌマエビがエサとして食べられてしまい、次にクチボソ同士が争いで亡くなりました。うまくやっていた、たなごは繁殖期に入ってメスを取り合い死んでしまいました。

 

一番平和なのはふな。ふなは両性具有っぽいです。

 

いまの若者が男子は草食、女子は肉食になってバランスをとるのも、自然の摂理なのかなって思いました。

 

一方で、そんな生き方の引き出しが多いふなが一番長生きだという事実も書いておきます。

行き場を失いかけた狩猟本能

古来、人間のオスは狩猟を担い、メスは巣である洞穴で家族を守っていたという説を昔はやった本で読んだ。

話を聞かない男、地図が読めない女―男脳・女脳が「謎」を解く | アラン ピーズ, バーバラ ピーズ, Allan Pease, Barbara Pease, 藤井 留美 |本 | 通販 | Amazon

 

この本を読み切りかけた状態で八王子の松屋に忘れたことを今思い出したが、それは本題と関係ないので割愛。八王子時代ということは10代だったなぁ、あの年齢にして男女の脳の構造差を考えざるを得ない状態に追いつめられていたのは、あの女子との…やっぱり割愛。

 

そんな本のことを思い出したのは、先日の同一週末に二回目の釣りに出かけた帰り道のことだった。そもそも釣りに凝りだしたのは3年前。仕事の配置転換で土日に休めなくなり、一人でできる趣味を模索して中学時代以来の釣りにたどり着いたのだ。最初は近所の湖沼でフナやタナゴを釣っていた。それが高じて気がつけば月2回は海へ繰り出す日々。最初は喜んでついて来た子供が、今は返事を渋るようになっている。

 

今年のシーズンインは6月。実は、私のメインターゲットはアジ、それも、なりふり構わない初心者向けと一部では蔑まれるサビキ釣りを必ず併用した堤防からの、エサ釣り、アジングなのだが、なんと今年は一度もアジの群れに出会えていなかったのだ。その結果、初めての三浦半島遠征、トリックサビキデビュー、朝マズメ・夕マズメ連チャン(つまり一日中)、アジパワー投入など、考えられる全ての対策を講じたが、去年あれほど釣れたアジが全く釣れない。しかも悔しいのは、同じ釣り場で少数ながらアジが上がっているのだ。つまり自分がへたくそだということが嫌という程、毎週のように証明され続ける日々を送って来たのだ。三ヶ月ちょっとも。。。

 

ところが、先週末は釣れた。金曜の夕マズメから日没まで、ずっと釣れた。

(何も変えていないのに!)

 

そうした所、業を煮やして予定していた翌々日の釣行が、なんとも心の余裕が漂う、海を楽しむ素敵な1日になったのだ。

 

思えば、今年になって仕事が変わり、その仕事がまた、上の顔色だけを伺って気だけ使っていればよいとクソみたいな仕事で、私は本当に行き場の無い情熱を釣りに傾けていたのだ。そしてその釣りでさえも報われない日々。それが報われた瞬間。そう男には、そして自分には狩猟本能があるということと、それが満たされる瞬間が確かにあるということがここで確認できたのだ。どうやら年に1回くらい満たされると、僕の狩猟本能は満たされるらしいということも分かった週末だった。

 

狩猟本能は即、生きる本能で、それがなくなったらおしまい。

しばらく釣りで発散しつつ、行き場を失いかけた狩猟本能をなだめてやろうと思った。

「2番じゃダメなんですか?」に自分ならどう答えたか?

もう随分と昔のことに感じますが、かつて事業仕分けというのが民主党政権下で行われ、某スーパーコンピューターの事業に関して世界一を目指して予算が確保されていた件で「2番じゃダメなんでしょうか?」という質問をされた国会議員の方がいました。その発言シーンはテレビでもネットでも繰り返し取り上げられました。

 

実際に世界一とまでは言わなくても、競争環境の中で1番を目指している人は多くいて、特に仕事で1番を目指して生存を賭けた熾烈な競争を戦っている人というのは結構な数いると思います。例え自覚は無くても、地域で1番とか、ある業態や業界でのサービスが1位と評価されないと2番目以降はお客さんに思い出してももらえないというのは良くあることなので、みんな競争していれば何らかの1番を自ずと目指しているのでは?と思っていました。そんな当然だと思っていたことに、最も1番にこだわっていそうな人(そんなイメージのある人)の口から、この質問が投げかけられたことで改めて、このコトに対して考えるきっかけをもらった気がしました。「2番じゃダメ、1番を目指そう」という心のあり方の何が大事なんでしょうか?

 

僕以外にも多くの人が引っかかったようで当時はツイッターやブログで、多くの反響がありましたが、読んでみるとどれもこれも、この議員さん個人に対する感情に力が入ってしまい、僕が納得できる「2番じゃダメな理由」を客観的に答えている人が見当たりませんでした。個人への評価は切り離して、「2番じゃダメ?」にキレッキレの反論ができない自分にモヤモヤしていた僕は、その後も答えを探し求めました。ずいぶん時間がかかっちゃったけど、ようやく言葉にできたので今日は書きます。

 

まず、1つ目の反論は、既にちょっと書きましたけど2番目以降は人の印象に残らないからというものです。ただ、こういうアプローチって提供する側というか選ばれる側の切迫感というか、切実さに同調してくれる器量を持った人にでないと、理解してもらえない可能性があるなぁと思いました。あまり頻繁にお目にかかることは無いですが、勉強でも仕事でもスポーツでも負けなしという挫折知らずのスーパーエリート、もしくは自称スーパーエリートの勘違い野郎に「ふーん、そういうもんなんだ。下々の気持ちはよく分からんけど」と言われたら、説得しきれない論拠だなと不安が残ります。それと、この事業仕分けでも言われていましたが、事業や活動そのものの価値を否定したいというアプローチの人に対してもちょっと弱いと思いました。「別に印象に残らなくても良いじゃん」という関心すら薄めた上辺だけの丁寧な態度に、感情的にならずに応戦するためには、もう少し別の手を用意した方が良さそうです。

 

そこで僕は身近な”2番じゃダメな例”を探してみました。それが袋麺のインスタントラーメンである「ラ王」と「正麺」の差です。この両者は私の調べでは5袋入りで価格に100円程度の差があります。そしてその状態が、長年維持されており、消費者も流通業者もその価格差を認めて、各々の事情とかニーズに応じてラ王と正麺を選び分けているように思います。私の味覚で特に麺の質感に注意しながら味わうと生麺に近いおいしさを備えているのは圧倒的にラ王です。正麺はラ王に近づけて類似品として磨き込んでいる印象があります。本当は、開発者に聞いたらそうではないのかもしれないですが、発売もラ王が先だったので、後から発売した正麺は、どんなに意識的にラ王のことを見ないようにしていても、ついつい見てしまうのです。コンセプトを後追いしてしまうことを宿命づけられるのです。また、先行して特許を抑えられてしまい、そういった制約も後発の商品にはつきまとっていると思います。一方で、ラ王を開発した人たちのメンタリティを考えてみると、きっと生のラーメンの麺がおいしく感じる人間の感覚って、どこから来ているんだろう?っていう研究を自分たちで想像力を広げながら、かなり深く広くやったんだと思うんです。小麦の香り、スープとの絡み方、歯触り、唇との接触感、たまごの主張、これらをインスタントで再現して、お客さんに「おいしいっ!!」って驚いてもらうためにはどういう商品にしなければいけないか?って考えたと思うんです。この両者の差が、どれだけ歴然としているかは、モノ作りに携わる人とか、自分自身も常に勝負している人には、きっと分かると思います。

 

この僕が2番目に挙げた理由も、きっとエリートとか活動そのものをつぶしに来る人には伝わらないと思うんですが、それでも僕はこの理由を採用しようと思います。それは、この差が分からない人には僕がやっていることの評価なんて一切してほしくない!ってきっぱり思えるからです。これが理解できない人は、その瞬間は何かの理由でエリートだったり、僕を評価する側の高い席に座っているかもしれないけれど、必ずや、その場所に居続けることができない人だと思います。これは世の中の真理です。だって、その人は何かの競争で負けた時に勝ち方を1から創造するということの偉大さに経緯が払えない人なんです。長い人生がそれでやり過ごせるとは、僕にはとても思えません。

 

なので、最低限、その人が話し合う値打ちのある人かを見極められるという意味で、こんな反論をしてから切られるなら切られたい。価値の無い人とそれ以上関わってつまらない思いを積み重ねたくない。それが、ああいう場で、あのように言われた時に僕が取るべき態度なんだと確信しました。

 

いま悩んでいる誰かの参考になったらいいな。